2012年12月07日
「チョコレート展」より
チョコレートが日本へ初めて伝わったのは、長崎の「オランダ館」からとされ、寛政年間(1970年代)の文書が残されています。
ヨーロッパへは、スペイン人による「インカ帝国滅亡」によってカカオの栽培が伝わり、僧侶や、貴族達に愛飲されました。スペインからフランス・・・とあっという間に広まりましたが、極めて貴重品であったため、上流階級でしか味わえない飲み物でした。
この頃のチョコレートの味わい方は、
という様に、泡立てることで苦味等の雑味を和らげていたのかもしれません。
そのため、沢山のポットがつくられました。
これは「マヤ」ですが、
他にも銅製、陶器製等、様々です。
又、先の説明にあった「モリニーリョ」も展示されています。
飲むまでが大変そうです。
カップも特徴的で、
又こんな風に、ソーサーに溝のついたものもあります。
流し型も様々で、
こんな木製の古いものもありました。
古いといえば、パッケージの年代ものも並んでいます。
他にも沢山ありました。
日本の「明治」「森永」等の懐かしいパッケージは時代順にならべられ、皆さん、それぞれの年代毎に懐かしく盛り上がっていました。(撮影は禁止でした)
懐かしい「チョコレートは明治」等のコマーシャルも流されていて、何だか不思議な気分です。
中にはこんなお遊びもあり、
写真を撮ると、パッケージにして、自分だけのチョコレートが作れます。
最後に「ピエスモンテ」の素晴しい作品が展示されていました。
上野といえば、
科博といえば、
他にも沢山並んでいます。
盛りだくさんの展示で、チョコレートを満喫しました。
出口へ向うと、こんなものが・・・
「フーコーの振り子」で、科学博物館開館以来の展示だそうですが(場所は変わっていますが)、なかなか見ごたえがあり、暫し見入ってしまいました。
ヨーロッパへは、スペイン人による「インカ帝国滅亡」によってカカオの栽培が伝わり、僧侶や、貴族達に愛飲されました。スペインからフランス・・・とあっという間に広まりましたが、極めて貴重品であったため、上流階級でしか味わえない飲み物でした。
この頃のチョコレートの味わい方は、
という様に、泡立てることで苦味等の雑味を和らげていたのかもしれません。
そのため、沢山のポットがつくられました。
これは「マヤ」ですが、
他にも銅製、陶器製等、様々です。
又、先の説明にあった「モリニーリョ」も展示されています。
飲むまでが大変そうです。
カップも特徴的で、
又こんな風に、ソーサーに溝のついたものもあります。
流し型も様々で、
こんな木製の古いものもありました。
古いといえば、パッケージの年代ものも並んでいます。
他にも沢山ありました。
日本の「明治」「森永」等の懐かしいパッケージは時代順にならべられ、皆さん、それぞれの年代毎に懐かしく盛り上がっていました。(撮影は禁止でした)
懐かしい「チョコレートは明治」等のコマーシャルも流されていて、何だか不思議な気分です。
中にはこんなお遊びもあり、
写真を撮ると、パッケージにして、自分だけのチョコレートが作れます。
最後に「ピエスモンテ」の素晴しい作品が展示されていました。
上野といえば、
科博といえば、
他にも沢山並んでいます。
盛りだくさんの展示で、チョコレートを満喫しました。
出口へ向うと、こんなものが・・・
「フーコーの振り子」で、科学博物館開館以来の展示だそうですが(場所は変わっていますが)、なかなか見ごたえがあり、暫し見入ってしまいました。
Posted by ruriri at 10:11│Comments(0)
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